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2010.01.14 3分46秒の会話

1月14日。日本では昨日のことになるが、祖父が82歳の誕生日を迎えた。
(以下、爺ちゃんと書くことにしよう。祖父なんて単語は恥ずかしすぎる。私にとって爺ちゃん、もしくはジジィという言葉の方がしっくりくるから)


昨晩ママからメールが届き、爺ちゃんの誕生日が昨日であることに気づいた薄情な孫である私。

返信をすると、じゃぁ明日電話をしてあげて。時間は○○くらいがいい、とのことで。

そして本日電話をした。


何年ぶりだろう、爺ちゃんと会話をするなんて。

前回日本に帰国した時だから・・・・・

その時ってコアがまだお腹にいた頃の、2007年の9月。
ってことは、かれこれ2年以上ぶりの声だ。

10回コールのあと、「もしもし」と出た爺ちゃん。
「もしもし」の前に電話口の後ろでガヤガヤッとする声が聞こえたので、おそらくママか婆ちゃんのどちらかが、
「早く出ろ!」とでも言って爺ちゃんを急かしたのであろう。
自ら電話に出るなんて全くといっていいほどしない爺ちゃんだから、かなり重い腰を上げたに違いない。


電話で聞く限り、2年前とはそれほど変わっていない爺ちゃんの声。
東北弁 (爺ちゃんの実家が山形県) の懐かしい声が聞こえてきた。


久しぶりの会話。しかも電話なので、少しでも会話がとぎれ、空白の時間になるのが恐くて、恥ずかしくて、一気に話しをする私。


しかもソッコウルナたちに電話を代わってしまう腑抜けっぷり(苦笑)


だってさ、話をしている途中で、多分違うとは思うんだけど、爺ちゃんの声がウルウル~~ってなっているような気がして。
久しぶりの会話でウルウル~~~なんてされたら、ムスメたちの前で号泣しそうだったのよ、ワタクシ。



さっさとルナに電話を変わり、そしてメイに。

ルナはまだ大丈夫、会話もそこそこ成立するだろうとは思っていたけれど、問題はメイ。
彼女の電話でしゃべる声ってのが、また小さくってねぇぇぇ。

メイと電話で話した誰もが言う。
「声が小さすぎて何言ってるのか分からん!」って。

案の定、この時も蚊の鳴くような声でしゃべるもんだから、途中で私の横槍も入り、かえって何をしゃべっているのかが分からなくなった様子で。

これでは爺ちゃんがかわいそうだと思い、早々に切り上げ私に戻ってきた。



爺ちゃんが言う。

「あれは日本語か?」

「当たり前ジャン!全部日本語でしゃべってたよ~」

「全然分からなかった」


「ハハハ、爺ちゃんの言葉の方が分からんよ!」

爺ちゃんの言葉、バリバリの東北訛りなので、過去に私の友達などは、全くもって理解不能であったから、ムスメたちに爺ちゃんの言葉が分かるはずもないだろう、というのが私の見解である。

だけど、本当に「日本語なのか?」と思ったわけではなく、爺ちゃんなりの照れ隠しの表現であることも私には分かっている。
ひ孫と電話でお話が出来て、嬉しかったに違いない。
だけど、“嬉しい”なんて言葉、この世にあることさえ忘れてしまったかのように、あくまでぶっきらぼう加減を貫いた爺ちゃん。

こんなところが爺ちゃんの大好きなところなんだよなぁぁぁ。




とりあえず私の家族が元気だということ、そして爺ちゃんの健康を確認して、電話を切った。

3分46秒の短い電話であった。





私の実家は、完璧なまでの女系家族で、それはそれは女性が強い家庭であった。
その中で唯一一人だけの男性である爺ちゃんは、いつも小さく、存在しているかどうかも分からないほどまでに小さく生きてきた人だ。


健康第一を謳う婆ちゃんの監視のもと、大好きだったお酒もたばこも当の昔にやめさせられ、今では肉すら食べさせてはもらっていないらしい(苦笑)
どこに行くでもなく、静かに暮らす爺ちゃんの趣味といえば、離れの家で暮らす時間だ。
そこは爺ちゃんの聖域といってもいい場所で、婆ちゃんもママも誰一人近寄ろうともしない。
そこで、爺ちゃんは朝ごはんが済めば、さっさと離れに向かい、昼ごはんまでは戻ってこない。
昼ごはんを食べればまた離れへ........

それで1日が終わる。
その繰り返し。


何をしているかといえば、大好きな盆栽に囲まれながら、プラモデルかなんかを作ったり、新聞を読んだり、静かに、物凄く静かに生活を営んでいる。




昭和一ケタ台に生まれた爺ちゃんも、昨日で82歳になった。

一概にも健康であるとはいえない爺ちゃんの体。
(高血圧であったり、野菜しか食べていないのに、太る一方の体であったり・・・・・)

去年婆ちゃんが脳梗塞で倒れたこともあり、なおのこと爺ちゃんの年齢、体のことを心配するようにもなった。



私にとっての爺ちゃんは、生涯でイチバン大好きな男性であるといっても過言ではない。←ゴメンネ、パパ(笑)

本当に寡黙な人で、一緒に暮らしている時であっても、長時間爺ちゃんと語りあったという記憶は全くない。
若い時代、そこそこに悪さをしていた私は、何回もママと、そして婆ちゃんとぶつかり合っていた。
そんな時も、じーーーーっとそこにいるだけだった爺ちゃん。

一度、ママと大喧嘩をしたとき、それこそ「勘当だぁ!もう二度と家には入れない!」なぁんてことになった時、初めて爺ちゃんが私の元にきて、「いつでも帰ってきておいで」と言ってくれたことがある。


今では当時のことも“若気のいたり”っつう言葉で終わらせられることも、あの時の爺ちゃんの言葉だけはしっかりと胸に焼き付いている。
今まで、どんな大事 (おおごと) の時も何も語ろうとはしない、関わりをもつことさえイヤなのでは、と思えるほどの爺ちゃんが、初めて私に差し伸べた温かく、優しい言葉。


今日の電話でさえ、お互い緊張して、恥ずかしくて多くは語り合えずにいたけど、爺ちゃんの愛情は誰よりも感じている。


爺ちゃんが私のことを大好きで大好きで仕方がない、ということを電話口の空気から伝わってきた。


3分46秒の時間で私が言えたことは何一つない。
「元気なの?」
「うん」
それくらいのものだ。

だけどそれでいい。

私と爺ちゃんの関係は、それこそ婆ちゃんもママも全部は感じ取ることが出来ない、入り込むことが出来ないほどの厚く、深いモノであるから。
そこに言葉がなくとも、どんなに離れていようとも、空気から伝わるその温かな振動が、私には十二分に伝わってきた。




今年は夏に帰国する予定がある。
約3年ぶりの再会だ。

爺ちゃん婆ちゃんにひ孫を会わせたい、という気持ちの前に、何より私、という人間を見てもらいたい、という気持ちの方が強かったりもする。
大好きな爺ちゃんに私を見てもらいたい。
立派とまでは言わないし、まだまだ未熟な人間である私だが、とりあえず元気に楽しく生きているんだよ、ということを知っていてもらいたい。



生きているうちに・・・・・・

こんな言葉を吐くのもイヤだが、それが現実。
生きているうちに、歩くことが出来るうちに、話が出来るうちに、何より早く爺ちゃんには会いたい。



久しぶりに爺ちゃんの声を聞き、ちょこっとだけおセンチになってしまった私だが、今はとても爽快な気分でこうしてカチャカチャしている。


明日からの元気を、今日は爺ちゃんからもらった。

なんだかこうしてずーーーーっと爺ちゃんにはもらってばかりの私だなぁ。

いつか、何かの恩返しが出来るといいのだけれど。

早く爺ちゃんと一緒に、いつもの散歩コースを、今度はひ孫3人と共に歩きたい。

今はただそれだけを願う。


爺ちゃんの82歳が、素晴らしい年になるように、心から祈ってるよ。
帰ったら、一緒に近所のコンビニやら、いつもは婆ちゃんに止められているであろうラーメン屋やらに行こうね。
一緒においしいもの、たくさん食べようね。
今までならありえなかったことだけど、今度は私がご馳走しちゃるから!

だから、ラーメンでもお寿司でも、うなぎでも・・・・・・・
なぁぁぁんでもきちんと食べられるように、元気でいてね。

婆ちゃんもママも入り込まない聖域に、私だけはこっそり入れてね。(with ひ孫たち)
夏の帰国予定だから、ものすごく蚊も多い季節だろうから、毎晩ちゃんと蚊取り線香の用意だけはしてね。
(家族の誰よりも私がイチバン蚊に刺されること知ってるでしょ?)


婆ちゃんがあんまり動けないから、実家にいるときは私の手料理ってやつを食べさせてあげる。
肉もひさしぶりにたくさん食べさせてあげる。
お庭で取れたお野菜で、美味しいものたくさん作ってあげる。


買い物に行っても、「買って!」とは言わないから、一緒にブラブラーーーっとホームセンター巡りしようね。

お庭でシャボン玉もしたいね。



だから、とにかく、とりあえず。




生きていてください。




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