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彼女の視線の先には・・・・


素敵なあの方がいるのです・・・・・・





初めてマッチするタイトルが見つからないという事態に遭遇。
まぁまぁどんな内容かは、続きをご覧ください......


先日Manhattan beachのとあるモールにて、kayoさんと再会を。

再会というほど頻繁に会っているわけではなく、この数年でも片手で数えられる程度。

パパが以前お世話になった上司の奥様で、実はワタシ達の結婚式にも来て頂いた方なのだ。
その時が初対面。簡単なご挨拶程度でその場は終わり、、、、、、

時を経て、偶然にもkayoさんがブログをしていることを発見する。

コメントを残したところ、快いお返事をくれ、それからはブログ上での会話を楽しむ仲になったのだ。



同じエリアに住んでいるので、いつでも会える状況ではあったものの、日々やれ子供の習い事だ~、公園だ~なんてことに忙しく、なかなか自分のための時間というのを取ることが出来なかった。

これも夏休みの特権!である。

ルナが夏休み、そして今週はルナ・メイのお教室、算数教室も夏休み、会えるならば今週しかない!ということで、早速連絡を取らせてもらった。
(以前、過去記事でここのモールでコドモタチを風呂に入れたよ~、という記事を書いたところ、ここのモールはkayoさんも頻繁に行かれる場所らしく、よかったら今度ご一緒にどうですか?という素敵なコメをいただいていたのだ)


あろうことか、そんな大事な約束に、ワタクシ大幅遅刻・・・・・・・


あ~~~~~、どんなに悔やんでもこの遅刻だけはワタシの汚点だ.........


素敵な素敵な場所でランチをいただく。(しかもご馳走までしていただいた!)



Picnik コラージュk[1]



Picnik コラージュl[1]



asamichan2.jpg




息子さん、そして娘さんを立派に育て上げられたワタシにとっては子育ての大先輩である。
たくさんのおハナシを聞いた。(半分以上はチビーズに邪魔されてしまっていたが)
たくさんのおハナシを聞いてもらった。


子供に関しての話、しかも同年齢の子供を持つお母さん、ではなく、成人した子供をもつお母さんの話し、というのはいろいろと勉強になること多し。
身近に親類の類がいないため、こういう先輩ママからの話というのはなかなか得られない状況なのだ。


自分の母と多少重ねてしまっていた部分もあったかもしれない。←ここら辺から脱線

とはいっても、ワタシのママは、母として今までの人生を生きてきた人ではなく、仕事人として、そして女性としてだけ生きてきた人である。

若い時にワタシを産んだため、高校くらいまではそれはそれは親子、というよりも友達のように接してもきた。

18歳で実家を出、25歳でアメリカ。28歳でルナを出産し、ワタシのママはおばあちゃんになった。

ルナを妊娠した頃からだったか、自分のお腹に一つの命が宿っている、ということを実感しだした頃から、ワタシの中に少ないながらも母性というのが生まれてきた。

それがきっかけとなって、ワタシはママに対しての嫌悪感をその頃からむき出しにしてきた。

母になる準備をしていく中で、母性というのが芽生えてくる中で、ワタシの中での母親像というのがまったくない、ということに気づいた時に、愕然としたのだ。
自分の母がワタシに対して、今までまったく母親としての使命を果たしていなかった、ということに気づいてしまったのである。


それでも、おばあちゃんになるママにとっては、娘であるワタシの妊娠はもちろん嬉しかったことであろう。
あれやこれやと、あの時は言ってきた。
やれ、お風呂に入れるときはどうだとか、おっぱいはどうだとか、さまざまなことを言ってきていた。


それが嫌で嫌で・・・・・

彼女が発する言葉の一つ一つが嘘に思えてしょうがなかった。

だって、あなたはワタシの母をしてこなかったのだから。心の中でそう叫びながら、ワタシはママの電話をうるさいと思う日々。

出産後にこっちに来た時もそう。ワタシは実の母に対し、とても冷たい態度を取り続けた。

「何も分からないくせに」そう思い続けていた。

人の気持ちも分からないくせに、泣き続けるルナを見ては、
「おっぱいが足りてないのね~」と簡単に言うママ。

↑この言葉。絶対に言ってはいけない言葉なのだ。特にこれから母乳育児で頑張っていこうと思っている母に対しては。
初めての出産で、母乳の出が悪いのはしょうがないこと。今だからそう言える。
確かに足りていなかったのかもしれない。おっぱいだけは目に見えて計れるものではないため、しかも産後の疲れも重なっている。
ワタシだって無我夢中なのだ。どうにかして泣き止んでもらいたい。でも足りないかもしれないおっぱい。
そんなこと人から言われずとも、自分がイチバン分かっていること。
それを簡単に「足りてないのね」と言ってしまうこの無神経さ。
ワタシのストレスはたまる一方だった。

今でもこの言葉はワタシの中でのトラウマになるほどの言葉である。

メイ、そしてコアも母乳だけで育てたワタシに、再三言われ続けた言葉。
泣くとおっぱいが足りない。本当に嫌な言葉だ。




そんな最悪な気持ちのまま始まった“ワタシ”と“おばあちゃんとしてのママ”との関係。

口出しをしては欲しくない。様々な場面で心底思っていた。

ワタシにとって母親を呼ぶ時の「ママ」という呼び名は、イコール母親なのではなく、常に単なる愛称。昔からそう言ってきたから今も言っているだけ、というものでしかなかった。






ハハハ・・・・・

なんだか熱く語ってしまったね。
何を書きたかったか忘れてしまったよ。

自分のの母をそんな風に思っていた、親不孝のワタシだったから、kayoさんが語る子供についての話。
聞きながら、「こんなママだったら・・・・」と多少なりとも想像したのは事実である。

こうして孫と一緒にランチをしながら、和気あいあいと語り合う母と娘の図。

ぼんやりとではあるが憧れている絵である。

(kayoさんゴメンね。勝手に自分のママと比べてしまったりなんかして。)



帰りの車中で、昨日のレゴランドの疲れもあり、ぐっすり爆睡する3人の寝姿を見ながらそんなことを思っていた。



とても貴重な時間をすごすことが出来、充実した時間を共にすることが出来、大満足の1日。

ブログを通じて、こうして再会することができ、ブログ感謝!である。

お互い、これからも細く長くブログは続けていきましょうね。





追記:ママに対して辛らつな発言をしてきたが、今はそんな気持ちも過去のもの。
いや、完全に払拭したわけではないものの、ワタシも気づけば3人の母となり、自分のママに対しても、あの時よりは多少優しいまなざしで見れるようになってきた。
年を経て、こんなところでも少しは大人になったのかしら、とも思う。
ルナを妊娠、出産した頃のワタシにママを受け入れる心の広さは皆無だった。


ママとは今はとても良好な関係を築いている、とワタシは思っている。
この文章を読み、多少なりとも不愉快?心配?なさる方がいたとしたら、それはワタシの文章能力のなさが原因だ。
だけど、ご心配なさらず。
今でもママは“母”として、というより一人の人間としてしか見れないとしても、そうだとしてもワタシの正真正銘母であることには変わらない。
なんだかんだ言ったところで、ここまで育ててくれたのは紛れもなくママである。
ママの生活力があったからこそ、ワタシの為に、遮二無二なって働いてくれたからこそ、今のワタシが存在する。
確かに彼女はいわゆる一般的な母親がするであろうことを一切ワタシには施すことはなかった。
それを悲しく思い、荒れた時期もある。
ルナを出産するにあたり、ママとの軋轢が生じたのも事実。



・・・・・・だけど。
そう、だけど、なのだ。



最近、本当にここ最近になって感謝の気持ちも芽生えだしたのだ。
だからこそ、このタイミングで、ワタシの中の溜まっていた膿を出すいい機会だったのかしら、とも思う。


会えばまたけんかもするだろう。
だけど、もう少し、もう少し優しく接してあげられる日が来れば、彼女は本当に嬉しいに違いない。
ワタシの中の腐った過去も、少しずつ浄化できればいいなぁ。


来年の帰国までに、もっと自分自身大人になれるよう、とりあえず今はワタシ自身の家族との絆を深めていきたいと願う。




kayoさんブログはこちら


ほらね、どんなタイトルをつけていいか分からないでしょ?←知るかって感じ?(笑)
kayoさんとの素敵な日々だけを綴ればよかったのだけど、大幅脱線(修正ナシ)してしまったため、そのまんまのタイトルにしてみたよ。




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