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3月3日、今日はひな祭り。
だけど、金曜日の今日はパパの帰りがとても遅いため、家族でパーティが出来ない。
明日はこれまた夜に用事が入っているので、バツ。

というわけで、我が家のひな祭りはあさっての日曜日に行うことに。
今日は久しぶりにものすごく調子が良い。
静脈瘤のせいで足の付け根がつったような痛さがたまにあるものの、少しもんであげると痛みも和らぐし、なによりもあのにっくき胸焼けがないのがとてもいい感じだ。

今現在ルナが昼寝をしているので、こうやって邪魔もされずにカチャカチャも出来るし・・・。
だけど、こうやってルナが寝てくれて唯一の自分の時間が出来てしまうと、私はいつもソワソワしてしまう。
何をしていいのかが分からなくなってしまうのだ。

今もこうしてカチャカチャしているものの、心では他の事を考えている。
例えば、今のうちに洗濯をした方がいいのかなぁとか、お掃除も昨日してないなぁ、とかルナが寝ているうちにやれる事をしておこう、と思ってしまうのだけれど、実際問題、別にそれらのことはルナが起きていても全然出来ることなのだ。

じゃあ何でこんなにソワソワしてしまうのだろう、と考えてみた。まず最初に考えられる原因の一つ、ルナの睡眠の浅さ、というのがある。


未だに夜中にガンガン起きるルナは、本当に眠りの浅い子供だ。
昼寝だって、最近は多少の物音では起きなくもなったが、以前は足音にさえ気をつけるほどであった。
せっかく眠ったと思いきや、電話で起きる、トイレのフラッシュの音で起きる、パパのくしゃみで起きる・・・・こんなんでは寝てくれたからといって、決して私自身休まることもなかった。


だから、近頃多少眠りが深くなってきたとはいえ、私の中で以前のくせがまだ取れず、極力静かにしていよう、と思ってしまう。
だけど、今のうちに何かしておきたい、という思いもありそれがジレンマとなり、ソワソワしてしまう、というわけ。


もう一つ考えられるのは、知らない間に私の方がルナに依存してしまっている、ということ。
ルナが産まれてから2年と3ヶ月。文字通り片時も離れたことはない。
パパに預けて買い物に行くことはあっても、この2年3ヶ月の間に合計で24時間も離れたことはないだろう。

未だにストーカーのように私の行く所行く所付いて来て、ウザいと正直思うこともたまにはある。(トイレだってたまには一人で入りたいよねぇ。)
だけど、これが私の日常になり、私のいる所にルナはいるし、その逆もしかり。
ウザいウザいとは思っていても、ちょっかいを出してこないとそれはそれで少し寂しくも思ってしまうのだ。
だからこうやって一人で気持ちよく昼寝をしているルナの傍らで、私はルナのいない時間を上手に過ごすことが出来なくなってしまったのだ。


なんということか!

今まで一人の時間が少しでもないと、気が狂ってしまうくらい一人好きだった私が、誰かがいる(しかもそれが我が子である)この生活がいつの間にか、心地良く、そして当たり前だと感じるほどにまでなってしまった。
子供をもつ、ということ。それがどういうことなのかは未だに分からない。
子育てにはゴールがないし、どれが○でどれが×なのかが分からない私にとって、子供をもつことがなんなのか、という問題の答えを出すことは不可能だ。


ただ一つ言えることといえば、子供を産んで母になった私は、以前の私よりも少しだけ強くなったであろうし、外見はともかく、内面は美しくなったであろう、ということ。
そして、この30年間の中で、一番充実した日々を送っているであろう、ということである。




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