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日本滞在日記もこれで最後である。最後のネタはもちろん子供たちにまつわる記事で締めくくることにしよう。

滞在中、食事に関してはほぼお任せ状態であった。

メイちゃんに関してだけは離乳食を10月に始めたばかり、しかも顔のガサガサで真っ赤なのが治らないという非常に心配な点(アレルギー・アトピー等の)もあり、おかゆだけにしてくれ、とのリクエストだけしていた。


ルナの偏食ぶりは一向に変わらず。好き嫌いもはっきりしているので、「好きだ」というものだけをとりあえず用意してくれるように頼んでおいた。

主なものとして


←焼き魚、煮魚、刺身、ほぼすべての魚を好んで食べる。
   特に「いくら」は異常に好き。


←ハンバーグが特に好き。だが実家では肉を全くといっていいほど食べないのだ。
   だから、敢えてこの情報は伝えず。


野菜←もちろん全般的に嫌い。
     たまに味噌汁やカレーなどに入っているジャガイモ・にんじんを食べるくらい。


お菓子←とにかくチョコレート。
       これさえあれば三度の飯もいらないほどだ。


その他←豆腐・わかめ。あとはその時の気分。





これだけの情報から実家の方でピックしたのが、そう「いくら」だったのだ。
帰国後実家に着いてすぐの食卓にのっていた「いくら」。


しかもパックごとだ!
その「いくら」をルナはみるみるうちに食べていった。

そしてほぼ完食する。

1パックをだ!!!!!!


着いた早々不吉な予感がしていた私。
そしてその予感は見事的中する。次の日の朝も食卓にのぼっている「いくら」ちなみに私は「いくら」は嫌い。

何百もの目ん玉がウジャウジャと・・・・・。想像しただけで気持ちの悪い! 
とはいってもどんなものなのか、母親として食べてみなければイカンというわけで、一粒だけ・・・・。



「ウワッ、しょっぱ!!!」


こんなしょっぱいものを1パックも食べてしまったのか!
末は『通風』まっしぐらだ。。。。

2年ぶりにひ孫に会うバァちゃんの気持ちを察すれば、ある程度のことは私も目をつぶろうとは思っていた。
が限度ってモノがある。

昨晩の夕食に1パック食べたいくらを翌朝にも食べさせることはいただけない、というわけで文句を言う。
ふと思い冷蔵庫を開けると、いやぁあるわあるわ、大量に買い込んだいくらが所狭しと積まれていた。
(ちなみにその「いくら」に隠れるようにして、チョコレートの山も積まれていた。)

私の文句もバァちゃんには届かず。


彼女の言い分は「ルナちゃんが喜んで食べてるのだからいいではないか」

このやり取りが何日か続き、それでもあきらめないバァちゃんは私の目を盗み「いくら」をルナにあげ続けた。
だが、ルナだって“飽き”というのはくるものだ。
数日後にピタッと食べなくなってしまった。



「いくら」に続き「ヤクルト」「チョコレート」。
これも大変な量をあげ続けていた。
欲しい分だけあげる。
したいことだけさせる

この構図というのは、子供をとってもダメにする。

ルナは見る見るうちにわがままになっていった。「いくら」から始まり、周りの人間のルナに対する甘やかしがエスカレートしだしたのだ。
あまりにも目に余る態度をとると私の雷が落ちるのだが、周りでは「あまり怒るな」だとか「かわいそう」だとか・・・・。


それを近くで聞いているルナは必然的に私には寄り付かなくなり、母やバァちゃんのそばにしか行かなくなる。
そして怒る私に対してルナまでもがでかい態度をとるように。
思うに、子供というのは本能で自分を可愛がってくれる人・なんでも言うことを聞いてくれる人の近くに行くのだろうか。
決して自分を怒らない、何でも言うことを聞いてくれる人の近くにしか寄り付かなくなった娘を見て、私もため息ひとつ、であった。


そして、ルナの欲求は留まることがなくなっていった。
自分はまったく動かなくとも周りの人間がなんでもやってくれる。
排泄以外の欲求は全て、といっても過言ではないくらい。
私に怒られても「プ~ン」とそっぽを向いて逃げていく。
そのくせ眠い時にだけまとわりつく・・・・実家に帰省して、わが子が言うことを聞かなくなった、わがままに。という話はよく耳にしていたが、まさかルナまでもが、である。


こういうものなのか、と身をもって経験した。
しつけも何もあったものではない。

この状況が10年、20年続いたらその子供はどういう大人になってしまうであろうか。
考えただけ恐ろしい。
そういう子供は大きくなったら周りの人間から「あいつはわがままだ」「自己中心的な人間だ」と言われるであろう。
だが、彼・彼女をそうさせたことが周りの大人であるはずなのに、その部分は咎められることなく当事者だけが責められるのだ。

「それがあいつの“性格”だ」という風に。


以前から疑問に思っていたことがあったのだが、子供の“性格”というのはどこまでがその子供本人の意思によるものなのか、親が関与する部分はどれくらいあるのであろうか、ということに。
だが、今回のことで分かったことが一つだけある。それは、わがままな子供は周りがその子供をわがままに《させている》ということもあると思うのだ。
そしてその結果その子供はわがままになったのだ、ということ。(もちろん一概とは言えないのだが)



たかだが「いくら」1パックのことから始まったことだったが、いろいろと勉強になることが多かった出来事であった。
アメリカに戻り、パパはルナの様子を見て、やはりため息一つ・・・・・・。


「どんな甘やかされ方をしてきたんだ~?」と案の定その言葉を投げかけた。


だが、我が家でそんな行動は許されるべきものではない。しつけに関しては私の専門分野だが、ウチはパパもなかなか口うるさい。

A型男特有のネチネチさで(失礼!)ルナを追い詰めていく。

1週間ほどでルナはもとのルナに戻った。
出来ることは全て自分でする。←我が家の第一ルール。



正直、ホ~ッッ。このままルナのわがままが直らなかったらどうしようかと思ったものだから。






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