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2006.03.31 ビバ!和食

まずは、我が家の昨日のご飯から。


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 肉じゃが
 コンニャクのいり煮
 ぶりの照り焼き
 豆腐の味噌汁 
       以上。


完璧な和食、だね。1週間のうち4日は和食になってしまう我が家の食卓。

1年前から大事にしている“ぬか床”と、今年から行っている、“きちんとおだしを作る”ということ。

本当は今年の目標に、『イタリアンを極める!』というのがあったのだが、やはりどうしても私の食の原点である和食、というものに帰ってきてしまう。


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ぬか床はその前からもやってはダメにし、やってはダメにし・・・・の繰り返しだった。
とても繊細なぬか床は、基本毎日混ぜてあげないとすぐ死んでしまう。
でもそれは常温で保存している場合に限り、というもので、冷蔵庫に保存をしていれば2・3日に1度混ぜてあげれば大丈夫、という情報を入手してからはこの1年、少ないながらの愛情でなんとか生き続けている。


ぬか漬けはこっちでも買えないわけではない。
キュウリ、ナス、大根・・・と一通りのぬか漬けはこっちの日系スーパーにも置いてあるのだが、
きっかけはなんだったのだろう?
今となっては思い出せないが、なんとなく「お母さん」みたいなことをやりたかったのかもしれない。
昔、ウチの実家でも婆ちゃんが漬物を漬けていた。それと、梅干も。
子供の頃から婆ちゃんの漬けるナスの漬物が大好きで、夏の暑~~い季節に、ナスの漬物1本丸ごと食べたり、真ん中の身?だけをくり抜き、その中に水をいれて、「コップだ~」と今思うと理解不能な遊びをしていた記憶がかすかに残っている。

こういう子供の“食の記憶”というのは、かすかにではあるが残っているものだ。
脳みそは忘れていても、舌が確実に覚えていたりする。
その味には届かないにしろ、そういう小さい頃に覚えた味をもう一度食べてみたかったのであろう。

ただ、大問題が一つだけある。
こっちで手に入るキュウリ、ナス、大根。この漬物の王様に上げられるであろう、この3種の野菜。
とても美味しくないのだ・・・・。

他の野菜は日本で買うのと大差はない。だが、この3種類だけは例外で、キュウリがまぁまぁ食べられる程度のもので(しかし高い)
ナスは皮が異様に硬く、何日も漬けていても皮だけはやわらかくはなってくれない。      
大根も煮物や、炒め物くらいなら問題もないのだが、ぬか漬けは野菜本来の味から出る旨さ、が結構重要だったりするのに、もともとの味がスカスカしていたり、変に辛かったり、甘かったりと1本の大根にしても味の均一性が全くない。イコールぬか漬けをするには適していない、ということになる。                                                        

まだカブのほうが上手に漬けられるので、カブが安いときはまとめて買うことにしている。
それと、何気に美味しいのが山芋。
ぬか漬けのほのかな酸っぱさと、シャキシャキ加減がたまらなく美味しい。千切りにして食卓に出すと、それだけでご飯お代わり~となる。

最近はそのブームも去ってしまったが、ルナは一時期このぬか漬けが大好きで大好きで、食卓に出るぬか漬けはほぼ一人で完食していたことがある。
塩分が気になったので、その時期はスゴク浅漬けにし、ルナが食べても大丈夫であろう味にしていたこともある。
パパも漬物は大好きな人なので、私がつわりでキッチンに立てないときなどは、一人でせっせとこのぬか床だけは大事に混ぜ混ぜしてくれていた。




1←おまけの漬物。







最近パパが無性にはまっている 『小茄子の辛し漬け』 あのピリ~ッがたまらないらしい。
どこの物でもいい、というわけではなく、“新高屋”さんからでているこの辛し漬けがおいしいのだ。



和食というのは、とにかく手間がかかる。簡単に仕上げることも可能なのだが、一品一品、時間をかけてあげると、完成した時の味は確実に違うものだ。
“おだしをきちんと作る”というのもその一つで、たかがお味噌汁にしても昆布とかつお節でとったお味噌汁は、それだけで体がホッとする。
1回試しで作ったこの「きちんとお味噌汁」が今ではどんなに時間がない時でも、おだしから作るようになってしまったほどだ。


さぁって、今日のご飯は何にしよう?






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2006.03.28 一致団結!
昨日の日曜日。
我が家は最後の大掃除、とばかりに朝からドタバタだった。





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午前中は、昨日スーパーからレンタルしてきた、←Carpet Cleaner
(超強力掃除機で、蒸気で汚れを取り出してくれる掃除機)
で、リビングルームのカーペットをお掃除。



ルナが産まれてから2年の間に、我が家のカーペットは見るも無残な様相になってしまっていた。
子供がいるとこんなに汚れるのか、といわんばかりの汚れ具合。
(いや、ルナのせいばかりでもなく、私がその都度きちんと汚れを拭き取ったり、すぐに掃除をしなかった結果なのだろう)

あと10日もすれば我が家に新生児がやってくるのに、この汚れた部屋にはさすがにねぇ・・・、と前から目をつけていたCarpet Cleanerを借りてきたのだ。
(もちろん業者を呼んでも良かったのだが、そうなると家具を全部動かさなければならないし、それはそれで面倒!)  
ちなみに、レンタル代 1日で20ドル。プラス洗剤もろもろ・・・で合計34ドルくらい。




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初めは私が掃除をし、その間パパとルナはどこかに避難している予定だったのだが、珍しくパパがやる気になり、「それならお願いしま~す」ということでパパに掃除をしてもらうことに。

このCleaner、前述したとおり、掃除機の中に水(お湯)と洗剤を大量に入れ、カーペットにその水を吹きつけ、それを強力な吸い込みで、汚れと共に水分も吸い込む、という仕組みになっている。
だから、Cleanerをした部分は、びちょびちょとまではいかないまでも、しっとりと湿っている。
私とルナはベッドルームに避難をし、ルナはビデオを見て、私は冬物の整理をしていた。

3時間弱かかって、リビングの掃除、終わり~
ピカピカにはあと一歩のところだったが、かなり満足の出来ばえ。
やはり、2年間の汚れを完璧には取れなかったみたい。

「パパ、お疲れ~~~~」

私もベッドルームの掃除が終わり、これでいつメイが来ても、とりあえずは準備OK となった。
珍しくルナもおとなしくビデオを見てくれたので、邪魔者扱いをされることも、私達に泣かされることもなく、良かったね





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1時過ぎになり、きれいなリビングでとりあえず何か食べましょう!ってことになり、ルナのリクエスト
“ホットケーキ”を。
このホットケーキ、スゴク甘さ控えめで、甘いのが嫌いな私にも食べられる1品。


こうやって、家族3人が久しぶりに一致団結をしてそれぞれの役割をこなすという、有意義のある週末を送った。
来週にはパパのお母さんがやって来る。
そして来週水曜日には出産。


昨日までに一通りのことはしたので、今週は少しゆっくり出来るかなぁ。



~・~・~・今日の1枚~・~・~・

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この記事を書いているときのルナ。いきなり下着になりだし、パパの椅子でこのポーズ。
あまりにもひどいお顔で・・・・・ 












ここ1ヶ月、寝かしつけに読んでいる本、こぐまちゃんシリーズの計6冊。

我が家にあるのは
『こぐまちゃんいたいたい』
『こぐまちゃんありがとう』
『こぐまちゃんおはよう』
『たんじょうびおめでとう』
『こぐまちゃんとどうぶつえん』
『しろくまちゃんのほっとけーき』
である。


これを毎日ルナSelectで大体3冊か4冊、とりあえずルナが満足するまで読んであげる。
そうすると、ルナが勝手に『もう、寝ようか~』と言い出し、
『お休み~』というわけ。


さて、この本に登場するこぐまちゃんの家族。
文章では、“パパ・ママ”という表現は使わずに、“お父さん・お母さん”という表現を使っている。

現在持っている絵本も、半数以上はこの“お父さん・お母さん”という表現方法のほうがはるかに多い。
このこぐまちゃんを読み聞かせていた当初は、私もさほど気にせずに読んであげていたのだが、
ルナの『なに・なに~?』が激しくなってきて、絵本の中に出てくるこぐまちゃんのお父さん・お母さんを指差し、『なに・なに~?』を連呼しだしだしたので、
『これはお父さん、これはお母さんだよ』と教えてあげた。

当時はお父さん=パパ・お母さん=ママであるということをまったく知らず、
少し経ってから、お父さん=パパ・お母さん=ママであるということを教えた。


初めの頃は、ピンときてはいなかったルナも、さすがに毎日毎日同じ本を読んでいる効果もあって、
最近やっとお父さん=パパ・お母さん=ママ だということが漠然とではあるが分かるようになってきた。

でも、分かっていても混乱してしまうのだろう。半分くらいの割合でルナは間違えてしまう。
『おとおたん、ママ!!!(自信たっぷり)
『おかあたん、パパ!!!(こちらも自信満々)』 
と言ってしまう。


一時期、私のことを『おとおた~ん』と呼んでいた時は、訂正する気もなく、笑ってしまった。



こうやって徐々にではあるが、物事・言葉を覚えていくルナ。

一人の人間が、私、というフィルターを通してさまざまなことを吸収していく。
私のさじ加減で、それは良い方向にも、悪い方向にもルナは向かって行ってしまう。
それは少し恐いことのようにも感じる。責任重大だし、まだそんな資格もないよなぁ、という自信のなさ、というのも。

でも、ちゅうちょしている暇もない。ルナは毎日毎日劇的な成長をとげているのだから。




余談なのだが、最近絵本を読んであげていてスゴク気になることがある。
それは、当たり前なのだが、文章のほとんどが「平仮名」で書かれていること。私たち大人にはそれってスゴク読みずらい。
カタカナ」や、“ポイッ”などの擬音語までもが「平仮名」表記だと、何を伝えているのか混乱してしまうこともある。


ルナの行っているお教室は、漢字を使いながらの右脳教育、というのに熱心で、2ヶ月に1回もらう教材も、全て漢字に手直しをされている。
単純にWORDで打ち直し、それを教材である絵本の平仮名の上に貼り付けているだけのことなので、これは私にも簡単に出来るかも。

最近ブログ友達の間でハンドメイドがはやっているが、私はとりあえずルナの手提げ袋を作る、というミッションはクリアーしたので、当分はミシンともお別れ。
その代わり、一風変わったこの“手作り絵本”ではないが、ウチにある絵本を全て漢字表記に直してみようかなぁ、と思っている。
たいして難しくもないこの作業なら、メイが産まれてからもちょこちょこ出来るだろうし。



ルナに『色』という概念を教えること。これには多少の苦労があった。
お教室では、色を教える為のフラッシュカードとブロックなどで覚えやすいであろう黄色の色を教えてはくれたのだが、ル
ナの中ではずっとピンときていないらしかった。

何が難しいって、例えば私がの鉛筆を持って、「これはだよ」と教えるとする。だけど、それ以前に私が“鉛筆”という言葉を教えてしまっていて、ルナもそれが鉛筆ということを知っていたら、「これは」という私の言葉はルナを混乱させてしまうんではないか、と考えたのだ。
「これは赤い鉛筆だよ」という表現もNGだと思う。私の独断の意見なのだけれど、このくらいの子供に言葉を教える際に一番重要
なのは、いかに簡単に教えるか、っていうことだと思う。“赤い鉛筆”という、形容詞と名詞が一つの言葉に2つの単語が入るのは、まだルナには理解しがたいことのように思ったのだ。出来るだけ、「1つの言葉には1つの単語を」ということを頭に入れ、ルナには言葉を教えてきた。だから、色を教える時はなるべくその物の実態が分からないような物(例えばカラーボックスの箱だったり、ルナがその物の名称を知らない物)を使い、色を教えてきた。

そこでとても役に立ったのが、“しまじろうのビデオ”である。我が家にはお古として譲り受けたり、借りてきたりした“しまじろうのビデオ”が計12,3本ある。その中に色をテーマにした内容が何本かあって、それを見ながらルナは徐々に『色』という概念を覚えていった。少しでも頭の中に入ってしまえば、ルナも楽しくてしょうがないらしく、いろんな物を指差して、「赤~」「黄色~」と叫んでいる。(これがまた、結構はずれているくせに自信満々で言うから、私はそれが面白くてしょうがない)間違ったら何度も何度も反復させていき、ようやく 黄色 この4色は完全に覚えられるようになった。そうなると今度は、水色、とか、とか微妙な色も教えることが出来る。

最近思うこと、それは子供に物事を教える際に親が気を付けなければいけないこと。それはその子の“タイミング”というものを きちんと見計らうことが大事だということ。振り返ってみると、ついこの前まで興味を示さなかった物に、急に興味を示したりすることってよくあることだと思う。それは全て、子供のタイミングによるものだと思うのだ。タイミングが合わなければ子供は何の行動も起こさないだろう。それを勝手に親が「この子はこれが嫌いなのね」、とすぐにさじを投げてしまうのはもったいないような気がする。
特に絵本なんかはこの代表に挙げられるのではないか。初めの頃は、親が何度お話を言い聞かせても勝手にページをめくってしま
ったり、全然聞いていなかったり、と全く興味を示さない子も多いと思うのだが(実際ウチもそうだった)そこは親の忍耐で何度も何度も言い聞かせるうちに、急にそのタイミングが訪れると思う。急に静かにママのお話を聴いてくれるようになるのだ。

我が家の場合、やはり『色』にたいしても、ルナにとっては“今のタイミング”だったのだと思う。それこそ半年以上も前から少しずつ少しずつ教えてきたことだったから、完全に覚えてくれた時はとても嬉しかった。

そして、次のタイミングはなんなんだろう??
トイレ? 一人でネンネ? ボタン付け? お片づけ?
私的には『お片づけ』のタイミングが早くきて欲しいのだが・・・。

今日も昨日に続き、お気に入りネタで。

ウチの中で一番のお気に入りの場所、といえば真っ先に上がる『お風呂』ホントにホントにホントに大好きな場所である。
それこそ中学生の頃から、私は“Bath Time”というものを大事にしてきた。漫画やお菓子、ジュースまでもお風呂に持ち込み、夜はお風
呂の中で生活していた、といっても過言ではないくらい。2時間入っているのは日常のことで、時には4時間以上入っていて、気付いたら朝になっていた、ということもあった。(もちろんそんな時は半分以上湯船で寝ているのだが) ふやけすぎて歩けなくなってしまったことも何回もある。
家族のみんなも初めの頃は、危ないとか、何度も追い焚きをするのでもったいないなどと口々に言っていたのだが、そのうち言わなく
なり私のBath Timeは無法地帯となった。

1一人暮らしを始めてからは、アパートに追い焚き機能が付いていない、いわゆるユニットバスという暮らしが続いた為、長くお風呂に入ることも出来なくなってしまったが、ある日当時付き合っていた彼から『バスパ』という優れものをプレゼントされ、重宝して使っていたことがある。

これは、電子レンジでチンした後に湯船に入れれば、最長6時間くらいは湯船の温度がそのままに保たれる、という私には願ってもない商品だった。しかもガス代が大幅節約できるのだ。

アメリカに来る際も、何も持たないで渡米した私だったが、この『バスパ』とPS2だけはとても大事に、タオルに何重にも包んでこっちに持ち込んだ。
このバスパ、最近では我が家でもご無沙汰をしているが、メイが産まれてBABY BATHも卒業する頃になったら、また活躍をする
のだろう。

そして、DNAは受け継がれた。いまだにどこのパーツも、性格も私とは似ても似つかないルナなわけだが、この“お風呂好きだけは私に似てくれた。今では一人でお風呂に入っている時など、気になって見に行くと、水死体のように顔だけ出して気持ちよさそうに浮かんでいる(笑) 首が座りだした2ヶ月過ぎた頃から、ウチでは早々にBABY BATHをやめ、同じ湯船に入れることにした。こっちの浴槽は、日本のように深くはないので、私たち大人には物足りないのだが、子供には湯船の高さがちょうどいい。立て膝になり太ももの所にBABYを乗せれば、簡単なほど一緒にお風呂に入れるのだ。4ヶ月の頃から座らせる練習を、6ヶ月の頃には浴槽の縁につかまらせ立たせる練習もさせていた。

そして、このBath Timeをとても貴重な時間として、私はルナにいろいろな事を教えてきた。浴槽、という狭い空間で、この時間だけは嫌でも接近していられる、お互いを間近に見ていられる、というこの時間を無駄にしてはいけない、と思ったのだ。

最初の頃は歌を歌うことから始まり、いろんな手遊び(いないいないばぁ、とか)が加わり、お教室が始まった10ヶ月の頃から、お風呂の最後には数を数えることと、九九を言ってお風呂から出る、というのが定番となった。(九九はお教室で “ドラえもんの九九”というのをやっていて、ドラえもんが歌いながら九九を覚えていける、というもの) 
最終的に数も100まで教えていこう、と思ったのだが、100まで数えてから九九を言っていたらさすがにツライかなぁと思い、今は数
の方はグッと減らして10まで。九九は6の段まで進んだ。
ちなみに、ルナがこれで九九を覚える、覚えないというのは二の次。ただ毎日耳に入れることで、確かにルナの脳にはインプットされ
ていっていると思う。

今では、私の背中もゴシゴシ洗ってくれ、髪の毛もシャワーで流してくれる。私の目に水が入ってしまったら、タオルで拭いてくれるとても優しい、というか世話好きのルナ。大好きなお風呂の時間をこうやって娘と共有できるなんて、夢にも思わなかったことだ。

欲を言えば、やはり日本のお風呂(浴槽がとにかく深いお風呂)に入りたいが、こればっかりはしょうがないこと。何年かに一回の帰国の時にでも思う存分お風呂を満喫しなければ。

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